Up the Wahs! −2023年ニュージーランドの大流行語を私はどこで見聞きしたか−

日本に流行語大賞があるように、ニュージーランドでも ‘New Zealand’s Quote of the Year’ なる称号があるらしいことを知った。年間引用大賞とでも訳せるだろうか。ニュージーランドにあるマッセー大学が主催しており、その候補が10に絞られたというニュース。

www.1news.co.nz

そして選ばれたのは、2023年2月のサイクロン・ガブリエルによる災害で、被災者からの「君たちは海軍からか?」との質問に対する救助者の回答、「いや、自分たちはただの3人のマオリの男です。」(’Nah, we’re just three Māori boys.’ )が受賞したとのこと。

www.1news.co.nz

2位になった ‘Up the Wahs!’ という言葉は、ニュージーランド ウォーリアーズというニュージーランド唯一のナショナルラグビーリーグプレミアシップに参加するチームを応援する言葉で、 Wahs はウォーリアーズ(Warriors)のニックネーム。こちらのウェブサイトでその起源を探っている。

www.sportingnews.com

近年成績が低迷していたウォーリアーズだったが、2023年シーズンは好調を維持し、プレイオフへの進出を成し遂げたものの、4位でシーズンを終えた。私はラグビーユニオン(15人制)のファンであり、ラグビーリーグ(13人制)には疎いのだが、ラグビーユニオンの試合を見るために契約しているスポーツ専門チャンネル(Sky Sport)で中継をチラチラ見るようになり、少しずつルールの違いを認識した。

‘Up the Wahs!’ は2023年のニュージーランドの社会現象として、今年7月から学生としてニュージーランドに暮らしはじめた私もさまざまな場面で出会い、それを見聞きした場面の思い出とともに、忘れられない言葉になった。

大学の授業

私が履修した科目の先生が大のラグビーリーグファン、中でもウォーリアーズの大ファンで、学期最初の授業で、毎授業5分間は必ずラグビーリーグの話をする、と宣言。その通りに授業のはじめに先週の試合の振り返りと、現在の順位、次戦の展望が語られた。また、授業に関連したクイズが出されることがあり、その中にウォーリアーズクイズ(この前の試合でトライしたのは誰?など)が含まれ、正解者には先生からお菓子が配られた。私を含む学生たちは、試合を見たかどうかの挙手を求められ、次の試合を見るよう促された。ただし大教室なので感じる圧は低い。

さらに授業の最後のスライドが必ずショーン・スティーブンソンというウォーリアーズのスター選手の写真で、吹き出しに授業内容に関連するセリフと共に ‘Up the Wahs!’ と記され、先生が読み上げて授業終了というパターン。

しまいには授業終わりに一部の学生が先生に ‘Up the Wahs!’ と挨拶して帰るようになった。

ラグビーリーグの終盤と同時期にラグビーユニオンのワールドカップが開催されていたが、プール戦でオールブラックスがフランスに敗れた後の授業で、近くに座っていた学生が隣にいる別の学生に「オールブラックスもウォーリアーズも負けたし…」と話しているのが聞こえてきて、自分がニュージーランドにいることを強く実感したこともあった。

マスメディア

私が日頃視聴している Sky Sport ではもちろんだが、TVNZというテレビ局のニュースでもニュースキャスターが折に触れて ‘Up the Wahs!’ と口にするのをたびたび目撃。また、オールブラックスがフランスに敗れた直後にインタビューに応じたファンが、’Up the Wahs!’ と締めくくっていた。

ラグビーユニオンの試合会場

ラグビーリーグと同時期に開催されていたラグビーユニオンのニュージーランド州代表選手権(NPC: National Provincial Championship)において、私は居住地の地元代表チームを応援するべく、シーズン中のホームゲームは1試合を除いて5試合を会場で観戦した。

NPCの観客には子どもも多く、チームとしても子どもの入場料を無料にしたり、試合終了後にグラウンドを開放し選手からのファンサービスを受け放題にするなど手厚くサービスをしている印象がある。まあ子どもなので、中には試合中になんの脈絡もなく、 ‘Up the Wahs!’ と叫ぶ子どもたちがいる。そんな子どもたちも、グラウンド上の際どいプレイに「ハイタックルだろ?!」と大きく手を広げてアピールしているところを見かけ、彼らのラグビーリテラシーの高さに感心した。

子どもがNPCの試合会場で掲げる 'Up the Wahs' のボード

こんなボードを子ども達が掲げているのを見かけたが、裏面はちゃんと地元チームを応援する文言ではあった。

試合会場ではウォーリアーズのユニフォームを着ている大人の観客を見かけることもあったが、子どもから ‘Up the Wahs!’ と声を掛けられていた。覇気のない感じのそのウォーリアーズファンは、呟くように ‘Up the Wahs’ と返していた。

会場のアナウンサーも、試合中に観客に ‘Up the Wahs!’ と唱和するように煽ることもあり、私は、ラグビーユニオンの試合なのにいいのかな?と苦笑い。

そしてウォーリアーズが勝てば決勝進出となる試合に臨む日、日中に開催されていたNPCの準々決勝の観戦を終えて、私は会場最寄りからバスに乗り、乗り換えのため商店街でバスを降りた。

そしてついに街中で…

バス停からバス停へと移動している時、電動キックボードに乗った3人ほどの子供が、横断歩道ですれ違いざまに Up the Wahs! と私に呼びかけた。彼らが走り過ぎた商店街は静かで人気もなく、多くの人がウォーリアーズの試合がはじまるのを、それぞれの場所でドキドキしながら待っているのだろうと想像した。その後私も帰宅して、ウォーリアーズの2023年シーズンの終わりを見届けた。

 

**************************************************

低迷していたスポーツチームの復活に対する期待や興奮は、常に何らかのスポーツのファンである私にも十分理解できる。この社会のごく一部とはいえ、私が見聞きした 'Up the Wahs!' というメッセージを発した人たちの楽しそうな様子は、私がニュージーランドに滞在して知り得たエピソードの一つとして、大事に記憶したくなる光景だった。そしてそんなエピソードは日々増えていて、開設してからずっと放置していたこのブログを稼働させる動機になったのだった。