アイルランド留学体験記〜ホームステイ、英語学校、IELTS〜

アイルランドの学校で開講されている、あるコースへの進学を目指していたのだが、IELTS のスコアがどうしても足りず、出願を取り下げる事になった。以前の記事の通り、ニュージーランドの大学に留学していた(そして何とか修了した)にもかかわらず、である。しかしどうしてもアイルランドに行きたい(主に趣味の関係で)、できるだけ早く!というわけで、ダブリンにある英語学校の IELTS 準備コースに2ヶ月間通うことにした。もちろん趣味も大満喫するつもりで。

結果、アイルランド最高!物価は高いが、円安の影響も大きい。そして比較的短い滞在期間と留学生という立場ゆえ厳しい住宅事情に直面することもなかったため、とにかくアイルランドでの留学生活は最高だった。

英語の語学学校在籍中は、学校が斡旋するホームステイを利用した。2ヶ月間だし、部屋探しも大変そうだし、食費込みの値段としてはなんとか支払える額だと判断した(将来は考えないこととして)。落ち着くまでにいろいろあったが(主に学校の調整ミスが原因)、結果として最高のホームステイだった。他の日本人留学生からは厳しいハウスルールや住環境、ホストファミリーとの関係についての悩みを聞いたが、私のステイ先はとても快適でホストファミリーは寛大だった。

アイルランドの人は話好きだと聞いたことがあるが、ホームステイの受け入れ経験が豊富で、必ずその日あったことを聞いてくれ、ゆっくりわかりやすく話してくれるお父さんとはよく話した、というか話をよく聞いた。子供の頃はパンケーキは年に1回「パンケーキ・チューズデー」にしか食べられなかったこと、私が好きなラップバンド、ニーキャップについては「Decent」と捉えていること、アイルランドの植民地としての経験からパレスチナ解放を支持していること、が特に印象に残っている。交通事情の話題には事欠かず、バスの遅延やキャンセルがよく話題になり、代替ルートを教えてもらうことも多かった。滞在開始直後の会話の中で、「アイ ウォークト…」と聞こえたが文脈的に意味がわからないと悩んだ結果、「I worked」 と言っているのだと気づき、「Thank you very much」という時の「much」を「モッチ」と言うようにした。

契約には含まれていないはずの昼食(サンドウィッチとフルーツとスナック菓子の小袋付き)を毎日用意してもらい、特に毎日もらったバナナは休憩時間の軽食にぴったりだった。夕食はバラエティ豊かで野菜も多く、そして時にじゃがいもも多く、総じてヘルシーで、遅く帰った時も温めて食べられるように準備してくれていた。土曜日の朝食には何度か「アイリッシュブレックファスト」をフルで振る舞ってくれた。

どうしても欲しい本があり、送料の関係から日本で買うよりも安く購入できるため、通販を利用するためにお願いしてステイ先の住所を使わせてもらったこともあった。

ホストファミリーの生活ぶりから、介護や子育て(祖父母が孫を預かる)の状況も垣間見えた。

たとえ旅行であっても早朝に出発地まで車で送ってもらい、コース終了とともに退去することになっているにも関わらず、その後の旅行中は持ってきたスーツケースと余分な荷物を預かってもらい、旅行のための小さめのスーツケースを貸してもらい、さらには帰国前夜は夕食を食べさせてもらった上で泊めてくれ、早朝便に合わせて空港まで送ってくれた。とんでもない厚意だ。ちなみに、アイルランドの人の親切さに関しては、私はその後別の場所でも信じられないような歓待で体験することになった。

学校は平日の9時〜13時で、途中20分の休憩があった(バナナタイムとして活用)。午後は近くの図書館で宿題を済ませたり、趣味の資料収集のために国立図書館に通ったり、市街地や滞在先の近くにあるショッピングセンターをぶらついたりして過ごした。休日はほとんど趣味の史跡や博物館・美術館巡り、各種イベントの参加に費やした。体調不良1日、旅行2日を除いて学校に通い、宿題は全て取り組んだが、それ以外は特に勉強しなかった。

留学前直近のスコアと2ヶ月間のIELTS 準備コース受講後のスコアを比較した結果は以下の通り。

リスニング: +2.0
リーディング: +0.5
ライティング: +0.5
スピーキング: +0.5
オーバーオール: +1.0

目標スコアを達成できた。

クラスメイトは5名と少人数。IELTS のテキストを使った授業を受け、IELTSのスコアアップのための様々なテクニックを教えてもらった。一番困っていたスピーキングに関しては、いくら参考書に書いてあっても口に出せなかった決まり文句みたいなやつを臆面もなく言えるようになったことが自分にとっての成果だと思う。毎週金曜日には IELTS の模擬試験を受け、ライティングは毎回先生からのフィードバックがあった。すでに何回もIELTSを受けていてテストには慣れていたところに学校で知識を得て反復練習したこと、先生のフィードバックやクラスメイトの協力が、IELTS のスコアアップに寄与したのだろう。ホームステイのおかげで英語で話し聞くことの苦手さも和らいでいたのかもしれない。

IELTSのスコアは向上したとはいえ、英語で書かれた新聞記事や本を読む際に辞書は欠かせないし、目の前の英語話者が何言ってるかわからない時も多いし、何か英語で話そうとしてもグチャグチャ、ライティングでは冠詞がめちゃくちゃなので、日常的に使用する言語としての英語の各スキルが向上したとはあまり思えない。しかし、来年出願するであろうコースへの手がかりは得られた。とはいえ、IELTS のスコアは最低合格ラインなので、そのコースで学ぶことになったとしたらものすごい苦労が予想されるが。あと帰国後に今回の留学中に浪費した分次回の留学資金を稼がなければ。

というわけで、アイルランドの英語学校で IELTS の準備コースを受けたらスコアアップに成功、ホームステイも最高、そしてこれから趣味関連も最高だったことを記事にしていきたい。

イースター蜂起に関するドキュメンタリーシリーズ「1916 Seachtar na Cásca」を見る(エピソード1: トム・クラーク)

映画「KNEECAP/ ニーキャップ」を見る→ニーキャップのリバティーホールで行われた配信ライブを見る→イースター蜂起に興味を持ち、調べ始める←今ココ
というわけで、イースター蜂起を取り上げた映像作品を見つつ、気になったことをメモしてみます。

 

www.tg4.ie


「1916 Seachtar na Cásca」は、2010年にアイルランドの放送局 TG4 によって制作・放映されたテレビドキュメンタリー番組。各エピソードでアイルランド共和国宣言の7人の署名者を一人ずつ取り上げ、俳優が演じる再現ドラマと当時の写真や映像、学者や作家等の有識者のインタビュー、実際に署名者と関わりがあった人物によるインタビュー映像で構成されている。全エピソードがオンデマンド配信されていて、日本在住の私もなんの登録も必要なく見られました。


ブレンダン・グリーソンによるナレーションや、有識者と当時を知る証言者の一部のインタビューはアイルランド語で話されるので、アイルランド語を解さぬ私は英語字幕を設定しました。なお、英語で話されていることには字幕はつかない。また有識者の名前や肩書きなど元から挿入されている字幕はすべてアイルランド語表記です。再生速度が変えられるのも、英語の聞き取りが怪しい私には主に遅くする方で有用でした。


登場人物たちが蜂起前の服装で、処刑された時のように目隠しをされて処刑場で並んでいるシリーズのキービジュアルからして強烈。コノリーは処刑された時のように左足に怪我をしていて、椅子に縛り付けられている。登場人物たちが並んでいるのは実際に処刑が行われたキルメイナム刑務所のストーンブレイカーズヤードだろうか?

 

「アイルランド共和国宣言」については、2016年に100周年を記念して、原文と日本語訳が駐日アイルランド大使館ホームページに掲載されていました。(以下リンク先)

https://www.ireland.ie/en/japan/tokyo/news-and-events/news-archive/the-1916-proclamation-in-japanese/

 

なお、私は最近「ダンガノンクラブス」(1905年にアイルランド共和国の樹立を目標として掲げベルファストで結成された団体)に興味津々のため、関係者(ブルマー・ホブソン、デニス・マカラ、ショーン・マクディアーマダ)に過剰に反応しがちです。


エピソード1: トム・クラーク

www.tg4.ie

  • 1916年4月28日、激しい攻撃に晒され混乱に陥るGPOの再現ドラマパートからスタート。兵士たちを鼓舞すべく演説するパトリック・ピアースは声が大きくて良かった。
  • 場面転じて7人のアイルランド共和国宣言への署名シーン。トマス・マクダナーは左利き?
  • いかに不思議なメンバー構成だったのかを示すために各人の職業?が紹介される。トム・クラーク: タバコ屋、ショーン・マクディアーマダ: 身体障害者、パトリック・ピアース: 校長、トマス・マクダナー: 大学講師、エーモン・キャント: バグパイプ奏者、ジェームズ・コノリー: 社会主義者、ジョセフ・プランケット: 詩人。「身体障害者」というところで、確かにそうなんだろうけどさ…。
  • 名場面詰め合わせのアバンタイトルが「バンド・オブ・ブラザース」のようだ。
  • トム・クラーク(子役)はフィニアニズムの牙城、ダンガノンで育ち、おじいさんが手から砂をこぼしながらフィニアン魂を継承。
  • 若き日のクラークは、髭・メガネをなくして若さを表現。
  • クラークはジョン・デイリーにIRBに勧誘された。デイリーの演説会場は林を通る道の路上。聴衆は男ばかり、20名ほど。
  • 未遂に終わった爆破計画に関わったことにより、15年に及んで獄中生活を送ったクラーク。ドラマ内で引用されているクラーク自身による獄中記「Glimpses of an Irish Felon’s Prison Life」の第1回は、この前 IRB の機関紙「Irish Freedom」に連載されていたのを見つけたので、掲載誌のリンクを置いておきます。
    Irish Freedom No.15, January 1912(Villanova University Digital Library)

    Villanova Digital Library - Irish freedom, no. 15, January 1912. :: Digital Library@Villanova University


    (まだ全貌は確かめられていませんが、どうも不定期連載されていたようです。) 
  • ジョン・デイリーと壁を叩く音で交信。笑顔になるほどのメッセージを伝えられている。
  • ところで有識者たちはどこでインタビューを受けているのか?キルメイナム刑務所?
  • 釈放後、ジョン・デイリーの姪、カトリーンと交際。波打ち際を二人連れ立って歩く。
  • アメリカで活動していたトム・クラークのアイルランドへの帰還は、アイルランドでの若者たちによるIRBの復興運動(ダンガノンクラブス!!)を受けて、アメリカ在住の活動家たちの影響力を行使する意図があったのでは、という有識者の推測。
  • 登場人物たちのシャツの丸い襟先、かわいいけど、当時一般的な形だったのかな?
  • ショーン・マクディアーマダの勧誘活動、のどかな景色を自転車移動。民家の前で男3人の勧誘に成功したよう(手帳に名前を控える)。
  • ダブリン・ロックアウトは警察に追われる労働者たちの当時の写真を背景に、銃声のような打撃音と悲鳴で混乱を表現。
  • クラークの演説会場は墓地。聴衆は男ばかりで、カメラが近すぎて全貌はわからないが、10人はいそう。拍手あり。
  • アイルランド義勇軍のリーダー、オーン・マクニールに蜂起直前でそれまでは気付かれていなかった計画を伝えたのは、もう蜂起は避けられないと承認することを期待していたからだと語る有識者。結果としてマクニールに義勇軍の動員を撤回する命令を発せられて、アイルランド全土での一斉蜂起が頓挫する一因になってしまった。
  • マクニールの動員撤回命令を受けて開かれたミーティングが開かれる部屋に入ってきたトム・クラークのセリフ、「What is the son of a bitch MacNeill done?」
  • マクダナーと言い争う、タバコ吸いすぎなのか声が掠れるマクディアーマダ。
  • 当初計画から24時間の延期を提案するパトリック・ピアースに対し、計画通りの蜂起を主張するトム・クラーク。もし蜂起しなければ、自分たちは逮捕され武装解除される、自分はかつて投獄されていたがもう戻るつもりはない、と。
  • 計画通りの実施案に挙手するクラーク、俯いて挙手しないマクディアーマダに「ショーン?」と呼びかける。
  • 24時間の延期に賛成するジョセフ・プランケットの挙手に屈託がない。
  • 24時間の延期に決した後、クラークに声をかけるピアースの気遣い。
  • 蜂起当日、リバティーホールから出発した蜂起軍。現代のリバティーホールのビルの映像。
  • GPO(中央郵便局)に入る蜂起軍。ピアースの「Everybody out!」の声がよく通る。
  • ピアースがクラークをGPO玄関へと誘う。マクディアーマダはコノリー先頭で出ていく3人を見送って館内で留守番。
  • 今や毎年記念式典で再現されるイースター蜂起の象徴的なシーン、GPOの玄関でピアースが勇壮にアイルランド共和国宣言を読み上げる(一部のみ)。式典で読み上げる軍人よりも断然ドラマチック(「prove itself worthy…」のところ特に)。
  • 道行く市民(数名だけど)が立ち止まってピアースに注目しているが、一瞥のみでピアースの背後を通り過ぎる人も。クラークが見上げる先に三色旗。そして何事もなかったかのように通り過ぎていく市民たち。
  • 時間経過に伴って活動的になる平服腕まくりのクラークとマクディアーマダ。
  • GPOからの脱出先となったムーアストリートの現在(撮影当時)。店の看板が「Plunket」(1個 t が足りない)。清掃作業者が横切っていく。
  • 街角に貼られた、おそらくはイースター蜂起後に処刑された人たちの顔写真が掲載されたポスターは、破れていてちょうどクラークの顔が見えない。
  • 女性による共和主義民兵組織 Cumann na mBan 創設メンバーであり、史上初の女性ダブリン市長になった、トム・クラークの妻、カトリーン・クラークが処刑直前にクラークを訪ねる。そしてカトリーン・クラーク本人のインタビュー映像。
  • 銃殺シーン、実際の現場で撮影されているのかな…。
  • 撃たれる時は頭部しか映らず、ガクッと倒れた後はすぐに夜明けか夕暮れかみたいな風景の映像に切り替わってエンドロール。
  • 登場した有識者の数: 5名
  • インタビュー映像に登場した証言者: 1名

7人の署名者各人の生涯に焦点を当てているため、イースター蜂起の全貌を知れるわけではなく、「偉人」の功績を称えることを目的とした一つの表現として受け止めつつ、気になったことを今後追求して行きたいと思う分には良いきっかけとなる番組だと思いました。残り6エピソードもしっかり見てみたい。


ところで現在2026年1月3日。私は明日からいわゆる「フィニアン」としてつかの間旅に出ます。

Up the Wahs! −2023年ニュージーランドの大流行語を私はどこで見聞きしたか−

日本に流行語大賞があるように、ニュージーランドでも ‘New Zealand’s Quote of the Year’ なる称号があるらしいことを知った。年間引用大賞とでも訳せるだろうか。ニュージーランドにあるマッセー大学が主催しており、その候補が10に絞られたというニュース。

www.1news.co.nz

そして選ばれたのは、2023年2月のサイクロン・ガブリエルによる災害で、被災者からの「君たちは海軍からか?」との質問に対する救助者の回答、「いや、自分たちはただの3人のマオリの男です。」(’Nah, we’re just three Māori boys.’ )が受賞したとのこと。

www.1news.co.nz

2位になった ‘Up the Wahs!’ という言葉は、ニュージーランド ウォーリアーズというニュージーランド唯一のナショナルラグビーリーグプレミアシップに参加するチームを応援する言葉で、 Wahs はウォーリアーズ(Warriors)のニックネーム。こちらのウェブサイトでその起源を探っている。

www.sportingnews.com

近年成績が低迷していたウォーリアーズだったが、2023年シーズンは好調を維持し、プレイオフへの進出を成し遂げたものの、4位でシーズンを終えた。私はラグビーユニオン(15人制)のファンであり、ラグビーリーグ(13人制)には疎いのだが、ラグビーユニオンの試合を見るために契約しているスポーツ専門チャンネル(Sky Sport)で中継をチラチラ見るようになり、少しずつルールの違いを認識した。

‘Up the Wahs!’ は2023年のニュージーランドの社会現象として、今年7月から学生としてニュージーランドに暮らしはじめた私もさまざまな場面で出会い、それを見聞きした場面の思い出とともに、忘れられない言葉になった。

大学の授業

私が履修した科目の先生が大のラグビーリーグファン、中でもウォーリアーズの大ファンで、学期最初の授業で、毎授業5分間は必ずラグビーリーグの話をする、と宣言。その通りに授業のはじめに先週の試合の振り返りと、現在の順位、次戦の展望が語られた。また、授業に関連したクイズが出されることがあり、その中にウォーリアーズクイズ(この前の試合でトライしたのは誰?など)が含まれ、正解者には先生からお菓子が配られた。私を含む学生たちは、試合を見たかどうかの挙手を求められ、次の試合を見るよう促された。ただし大教室なので感じる圧は低い。

さらに授業の最後のスライドが必ずショーン・スティーブンソンというウォーリアーズのスター選手の写真で、吹き出しに授業内容に関連するセリフと共に ‘Up the Wahs!’ と記され、先生が読み上げて授業終了というパターン。

しまいには授業終わりに一部の学生が先生に ‘Up the Wahs!’ と挨拶して帰るようになった。

ラグビーリーグの終盤と同時期にラグビーユニオンのワールドカップが開催されていたが、プール戦でオールブラックスがフランスに敗れた後の授業で、近くに座っていた学生が隣にいる別の学生に「オールブラックスもウォーリアーズも負けたし…」と話しているのが聞こえてきて、自分がニュージーランドにいることを強く実感したこともあった。

マスメディア

私が日頃視聴している Sky Sport ではもちろんだが、TVNZというテレビ局のニュースでもニュースキャスターが折に触れて ‘Up the Wahs!’ と口にするのをたびたび目撃。また、オールブラックスがフランスに敗れた直後にインタビューに応じたファンが、’Up the Wahs!’ と締めくくっていた。

ラグビーユニオンの試合会場

ラグビーリーグと同時期に開催されていたラグビーユニオンのニュージーランド州代表選手権(NPC: National Provincial Championship)において、私は居住地の地元代表チームを応援するべく、シーズン中のホームゲームは1試合を除いて5試合を会場で観戦した。

NPCの観客には子どもも多く、チームとしても子どもの入場料を無料にしたり、試合終了後にグラウンドを開放し選手からのファンサービスを受け放題にするなど手厚くサービスをしている印象がある。まあ子どもなので、中には試合中になんの脈絡もなく、 ‘Up the Wahs!’ と叫ぶ子どもたちがいる。そんな子どもたちも、グラウンド上の際どいプレイに「ハイタックルだろ?!」と大きく手を広げてアピールしているところを見かけ、彼らのラグビーリテラシーの高さに感心した。

子どもがNPCの試合会場で掲げる 'Up the Wahs' のボード

こんなボードを子ども達が掲げているのを見かけたが、裏面はちゃんと地元チームを応援する文言ではあった。

試合会場ではウォーリアーズのユニフォームを着ている大人の観客を見かけることもあったが、子どもから ‘Up the Wahs!’ と声を掛けられていた。覇気のない感じのそのウォーリアーズファンは、呟くように ‘Up the Wahs’ と返していた。

会場のアナウンサーも、試合中に観客に ‘Up the Wahs!’ と唱和するように煽ることもあり、私は、ラグビーユニオンの試合なのにいいのかな?と苦笑い。

そしてウォーリアーズが勝てば決勝進出となる試合に臨む日、日中に開催されていたNPCの準々決勝の観戦を終えて、私は会場最寄りからバスに乗り、乗り換えのため商店街でバスを降りた。

そしてついに街中で…

バス停からバス停へと移動している時、電動キックボードに乗った3人ほどの子供が、横断歩道ですれ違いざまに Up the Wahs! と私に呼びかけた。彼らが走り過ぎた商店街は静かで人気もなく、多くの人がウォーリアーズの試合がはじまるのを、それぞれの場所でドキドキしながら待っているのだろうと想像した。その後私も帰宅して、ウォーリアーズの2023年シーズンの終わりを見届けた。

 

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低迷していたスポーツチームの復活に対する期待や興奮は、常に何らかのスポーツのファンである私にも十分理解できる。この社会のごく一部とはいえ、私が見聞きした 'Up the Wahs!' というメッセージを発した人たちの楽しそうな様子は、私がニュージーランドに滞在して知り得たエピソードの一つとして、大事に記憶したくなる光景だった。そしてそんなエピソードは日々増えていて、開設してからずっと放置していたこのブログを稼働させる動機になったのだった。